会 員 の 本  2016~2010年出版

    
有薗正一郎『地産地消の歴史地理』
古今書院、2016年8月、A5版 312頁

目次:
第1部 農耕技術の歴史地理:農耕技術から地域性を探る /近世農書はなぜ水田の冬季湛水を奨励したか / 近世における早稲錯の目的と早稲の作付割合 / 三河田原藩領の農民はなぜ大蔵永常が推励した水田二毛作を行わなかったか / 三河国渥美郡羽田村浄慈院の自作地の耕作景観 / 三河国渥美郡羽田村浄慈院の人糞尿の汲み取り先と下肥の施用状況 / 豊橋地域の中部と南部における稲干場の立地状況 / 美作国『江見農書』の工作技術の性格
第2部 庶民の日常食の歴史地理:庶民の日常食を検証した国の位置づけ / 近世越後における庶民の日常食 / 近代三河国庶民の日常食 / 近代尾張国庶民の日常食 / 近代尾張国庶民が日常食べた麦飯のコメと麦の割合 / 近代香川県庶民の日常食 / 近代出雲国庶民の日常食 / 16世紀後半~20世紀前半に日本を訪れた外国人が記述する庶民の日常食
    
板垣貴志『牛と農村の近代史 - 家畜預託慣行の研究』
思文閣出版、2013年12月、A5版 252頁

目次:家畜小作概念の再検討 / 牛生産地域における家畜保有の歴史的転回 / 中国山地における蔓牛造成の社会経済的要因 / 中国山地における役牛の売買流通過程と牛馬商 / 鞍下慣行による役牛の循環と地域社会 / 中国山地の預け牛関係に見る信頼・保険・金融 / 家畜預託慣行の盛衰と近代日本農村
    
大島佐知子著 『老農・中井太一郎と農民たちの近代』
思文閣出版、2013年12月、A5版 373頁

目次:全半生と地租改正反対運動 / 明治期鳥取県における農事改良 / 太一郎の農業技術体系 / 太一郎の技術普及 - 太一郎と正条植え / 太一郎の技術普及 - 短冊形苗代 / 帝国農家一致結合と太一郎 / 終章 晩年の太一郎
    
内田和義著 『日本における近代農学の成立と伝統農法』
農村漁村文化協会、2012年8月、A5版 204頁

目次: 船津伝次平の生涯と本書の課題 / 船津伝次平の自然観と「率性」論 / 船津伝次平の「稲作小言」 / 船津伝次平の稲作論 / 船津伝次平と駒場農学校 / 船津伝次平と農学者 / 船津伝次平と西洋農学 / 船津伝次平と伝統農学 / 船津伝次平と漢籍、終章 / まとめにかえて一一船津伝次平と林遠里 / あとがき
    
渡部武著、クリスチャン・ダニエルス 監修 『米からみる東アジア』
小峰書店、2012年4月、29×22cm 51頁

米を切り口に、東アジア南部の自然環境と農業、衣食住の知恵、祈りや祭りなど、この地域の人々が育んできた文化をやさしく説明。(小学校高学年以上対象)
目次:アジア南部の自然と米 / 米を育てる技術 / 米をめぐる暮らし / 祈りと願い
    
伏見元嘉著 『中近世農業史の再解釈―清良記の研究』
思文閣出版、2011年5月、A5版402頁

目次:「軍記」の解釈 『清良記』をめぐって / 軍記『清良記』の検証 / 軍記の検証から見るもの / 「第七巻」の検証 /  「農書」の解釈 「第七巻」いわゆる「農書」としての疑義 / 竈持制度と「本百姓」の成立 / 近世前期の営農と『清良記』の位置づけ /  「農業史」再見 / 「水田稲作」の再見 / 中世・近世前期「農術」の展開 / 農書としての『清良記』研究の意義

    
勝部正人編著 『近代東アジア社会における外来と在来』
清文堂、2011年3月、A5版284頁

近代グローバル化のなかで小農社会を解体させずに対応していった東アジア社会(とくに日本・琉球・中国・朝鮮)において、 在地社会から見れば「外来」とされる要素の導入・流入に対して、「在来」の社会がどう対応していったのかを探り、 それぞれの対応のあり方から逆に地域的特質を比較検討する。

    
伊藤康宏校訂・解題 『山陰の漁業図解』
今井出版、2011年3月、A5版181頁

本書で取り上げた「出雲石見魚漁図解」「因幡伯耆魚漁図解」(島根大学附属図書館所蔵)は、 19世紀後半の日本漁業が近代化する以前の様相を図解で示している。これらは国が殖産興業策として1881年(明治14)に開催した 内国勧業博覧会(第二回)に島根県が出品した「島根県管内漁具類集図」の草稿本と見られる。本書は、同資料の翻刻編と解説編 (「博覧会時代の『漁業図解』」と「山陰の魚漁図解を読む」)さらに付録(収録漁業一覧・魚名一覧表)の構成からなる。

    
板垣貴志・川内淳史編著『阪神・淡路大震災像の形成と受容―震災資料の可能性―』
岩田書院、2011年1月、A5版140頁

阪神・淡路大震災の資料・記録を保存しようという動きは、早くから被災地の様々な団体・個人によって始まり、 いつしかそれらの資料群は、「震災資料」と呼ばれるようになった。これまで被災地では、記憶の風化が懸念され、 大震災の体験や教訓を後世に伝えるために、様々な取り組みが模索されてきた。 本書は、大震災を未来に伝える震災資料の可能性を展望したものである。 第1部「震災資料を生み出す 新聞記者」では、これまで震災像の形成の中心を担った新聞記者達の「想い」がいかなるものであったのかを考えた。 その上で、第2部「震災資料を読み解く 歴史家」では、今後震災像の形成を担う歴史家が、震災資料に込められた「想い」を読み解きつつ 、いかにして「歴史」の阪神・淡路大震災像を構想しうるのか考えた。